【死別後半年】現実逃避するとどうなる?

死別後半年

夫と死別して、既に半年が過ぎてしまいました。夫と住んでいた家は出て子供3人と私の実家に戻ってきたり、子供の保育園が始まったり私の仕事が始まったり…

本当に色々なことが起きたこの半年間は数年のように感じたり、また「もう半年?」というようなあっという間に感じたり、心境はあいまい。

半年前の自分に何か伝えられるなら、「死別」という現実にもう少しだけ向き合って、と伝えたいです。

死別者の陥る現実逃避とその後は?

約半年前に夫が亡くなってから今まで、私はどちらかというと、すごく現実逃避をしていたと思います。仕事や子供の保育園の送り迎え、子供の行事などもあるし、とにかく泣くことを避け、「泣くのは疲れる」「今は別のことを考えよう」「忘れよう」と考えていました。

 

泣いていてはまわりに気を遣わせてしまうし、同情されたくもないなんてひねくれた感情さえあります。とにかく元気すぎず、泣きすぎず、いるようにしていました。今でも、そうです。

 

 

でもこう素直な感情から逃げていたり感情を押し殺すことを続けていると、感情の波は襲ってきます。

 

お風呂に1人で入っているとき、夜眠れなく1人でいるときなんかに襲ってきます。普段は3人の子供と一緒にお風呂に入ったり1歳の末っ子と早朝起きて夜も子供と20時には寝てしまうので、1人の時間は本当にたまにしかありません。




死別という現実を忘れるためにしたこと

前回の記事でもお話ししましたが、とにかく1人になる時間を避けました。

 

子供が3人いるのですが、仕事や寝ているとき以外は3人の子供とバタバタと時間が過ぎていくことがほとんど。私と子供、1対1になることも出来るだけ避け、「夫との死別」から現実逃避をしていました。

 

子供と1対1になるということは余裕ができ、色々なことを考えてしまう。子供はまだ全員未就学児で幼いです。長女がまだ3歳なので、パパが死んでしまったことは、おそらくまだよく理解していないと思います。

 

ちなみに3人年子子育てシングルマザーは、壮絶です。

 

ゆったり子育てするのがこわい

死別後 半年 現実逃避

3人子育ては壮絶とお話ししましたが、むしろゆったりゆとりをもって子育てするのがこわいです。バタバタといっぱいいっぱいになりながら子育てに追われて時間が早く過ぎてくれないと、子供たちのパパのことを考えてしまうからです。

 

時間にゆとりができるのがこわいです。

 

例えば3人の子供のうち誰かが風邪をひいたりして子供は保育園をお休みし私も仕事を休んで1対1になる時がしばしばあります。このときは結構辛い。この子のパパがかわいがっていた姿を思い出してしまいます。

 

幼い子供が3人そろえばお世話の忙しさに寂しくなる時間はありません。

 

もうすぐ4歳になる長女が産まれてからはお互いの実家から離れ、夫と二人で協力して子育てをしてきました。夫が子供とじゃれあうのを見るのが、本当に好きでした。

 

現実逃避はしない方が良いか?

同じような経験、死別だけではないでしょうが、生きていれば辛いことは起きます。

 

そのときに本当に辛ければ息抜きも必要です。たまに現実逃避すると良いと思います。ですが私のように半年など長い間現実逃避を常にしてしまうと、あとで反動が来ることもあります。

 

私の場合は身体に変化が多少あります。

 

涙はストレス発散にもなると、聞いたこともあります。確かに、泣いた後はもやもやした気持ちや感じていたストレスがすっきりすると感じる人も多いと思います。

 

子育てしている人は子供と少し離れる時間、子供が寝た後1人になれる時間、お風呂の時なんかでも良いと思います。自分の感情に素直になり思い切り泣くことを節目節目(?)、適度にそういう機会をもつと、自分が感じているストレスを少しずつ発散できます。




【死別後半年】現実逃避するとどうなる? おわりに

夫と死別後半年経って感じたこと、もっとこうすべきだったかなということを書き出してみました。人生いろいろです。(←これは死別したことを誰かに伝えたときなんかに最近よく言われている言葉です。)自分の感情には適度に素直になる方が、あとあと、自分へ好影響となるはずです。